February 28 2023

曜変天目

静嘉堂文庫美術館で国宝・曜変天目を拝覧。
ご存知の通り、曜変天目とは宋の建窯で焼かれた斑紋と光彩を持つ黒釉茶碗です。漆黒の釉の表面にオーロラのような光彩がゆらめき、その中に銀色の斑紋が浮かぶ様は、暗黒の宇宙に光る銀河に比喩されることもあります。
現在まで伝世する完全な形の曜変天目は日本にある三碗のみで、産地である中国にも存在しません。もちろんあとの二碗も国宝で、大徳寺と大阪の藤田美術館が所蔵しています。

ところで静嘉堂文庫美術館は三菱財閥の二代目総帥・岩崎弥之助と息子・小彌太が蒐集した、国宝7点を含む古典籍と東洋古美術品を所蔵しています。昨年10月、世田谷からここ丸の内の明治生命館1階に展示室が移転されました。

ちなみに静嘉堂文庫が所有するこの曜変天目は、徳川家光から乳母の春日局(稲葉正成の元妻)へ下賜され淀藩主稲葉家へ伝来。長く稲葉家にあったことから稲葉天目とも通称されます。岩崎家には1934年に入ったとみられ、岩崎小彌太も「天下の明器を私に用うべからず」と、ついに実用することがなかった至高の一碗です。

※この曜変天目の写真は書籍を写したものです。

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February 27 2023

MOA美術館

熱海のMOA美術館で尾形光琳の国宝「紅白梅図屏風」。
「絵画とデザインの競演」と言われ、絵画としての大胆な構図とデザインとしての梅や川の模様の緻密さ。この二つの異なる要素が絶妙のハーモニーを奏でている傑作です。特に川の中の模様は60年代にアメリカで流行ったサイケデリックなグラフィックと通ずるものがあります。

MOA美術館。
高台にある展示室に辿り着くまではなかなか神秘的な通路でしたが、展示室は相模湾が一望できるとても気持ちの良い空間でした。館内にある和食処では庭を眺めながら地産オーガニック・自然農法素材による日本料理も食べられます。
ご存知の通り、MOAは世界救世教の教祖・岡田茂吉アソシエーション(Mokichi Okada Association)の略。岡田茂吉は幕末から明治にかけて興った神道系新宗教の大本に入信していました。大本は出口なおと出口王仁三郎が立ち上げた教団で、日本のポスト新宗教に多大な影響を与えたことで有名です。そこから谷口雅春の生長の家も高橋信次のGLAも影響を受けています。
また世界救世教からの派生で神慈秀明会も出てきて、ここは滋賀県にI・M・ペイが建築を手がけたMIHO MUSEUMを持っています。
そして先日亡くなった幸福の科学・大川隆法氏や麻原彰晃もこの人達の影響を受けています。

スピリチュアルな話には疎いのですが、とにかく光琳の晩年の傑作「紅白梅図屏風」を拝覧できたことは実に至福なひとときでした。

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February 17 2023

岡山大学医学部 疫学・衛生学分野 ロゴマーク

(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科)疫学・衛生学分野教授・頼藤貴志先生からのご依頼で研究室のロゴマークをデザインさせていただきました。
頼藤先生は4年前42歳という若さで由緒ある岡山大学医学部の教授に就任されました。とても温厚な人柄、心優しい先生で、研究の傍らご出身地の熊本で水俣病の患者さんとも今も向き合っていらっしゃいます。水俣病に生涯を捧げられた恩師・故原田正純先生の「現場を忘れた疫学はきらめきと真実を見失う」というお言葉を頼藤先生は大切にされていますが、疫学に限らず「現場」はとても大切ですね。
また今は新型コロナウィルスに関連するデータを解析し、様々な因果関係を追及・定量化(数値化)する業務に追われていらっしゃり、新聞やテレビなどによく寄稿、出演されています。まさに疫学の専門家としての腕の見せ所。

モノクロとカラー2種類のロゴマークは、疫学の特性から着想を得ています。

(ロゴマークコンセプト)
世界共通の文字であるデジタル数字をモチーフに、データサイエンス、リアルワールドデータ(臨床現場)及び因果関係を追及・定量(数値)化する疫学の特性を表現。また人に関するデータを使用するという疫学の特質から漢字の「人」を連ね、他職種の専門家(薬剤師、理学療法士など)が集まり研究する様子や人材ネットワーク、双方向のコミュニケーションを表現している。中央部分の「+」「×」は、多種多様な研究要素や人材を加算及び乗算することで、新たな方法論やソリューションを導きだし、人々の暮らしに貢献していく様子を描いている。

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February 9 2023

吉備の偉人 和気清麻呂

近年、お笑い界やスポーツ界を中心に「岡山旋風」なるものが吹き荒れていますが、面々は後世に必ずや偉人として名を残すでしょう。吉備の国・岡山は今までにも吉備真備や法然、栄西、雪舟、武蔵、洪庵など数多くの偉人を輩出していますが、最大の偉人と言えば、現在の日本文化の母体を作ったという観点からやはり和気清麻呂ではないでしょうか。

神武天皇から今上天皇までの皇統も、清麻呂の宇佐八幡宮への参宮がなければ断絶していましたし、天文密奏とは言え桓武天皇へ都を山背国へ遷都という清麻呂の進言がなければ京都は「平安古都」になっていなかったかもしれない。
つまり日本の象徴の双璧である天皇と京都が存在するのは和気清麻呂のおかげでということです。
さらに江戸末期の孝明天皇や明治天皇からも功績を讃えられており、明治32年発行10円紙幣の肖像画にも描かれました。

また姉の和気広虫は石井十次が孤児院を設立する遥か昔に孤児の養育に励んだことが伝えられていますし、最澄、空海が平安仏教を興すことができたのも、清麻呂の息子である広世、真綱の尽力が大きい。

もちろん天皇の在り方が違う形で存続していたかもしれないし、都も長岡京など他の地域で栄えていたかもしれない。歴史で「かもしれない」話はタブーですが、和気清麻呂とその一族が現在の日本の歴史を作った一人であることに間違いない!

「このままだと2086年には皇統が途絶える」とどこかの皇室研究家が言っているらしいですが、またしても和気清麻呂の出番であろうか?

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February 3 2023

下津井ジェラート登場!

明日は立春とはいえ、まだまだ寒い日が続きそうですが、なぜか寒い時に冷たいものが欲しくなりますね。

下津井むすびさんかくやさんから、「下津井ジェラート」が登場!下津井の海水から作った自家製塩を使用したジェラートで、下津井のなんば牧場さんとのコラボ商品です。味は「塩ミルク」と「塩キャラメル」の2種類。甘さがあっての辛さ、辛さがあっての甘さ。お互いが引き立て役を見事に演じている逸品です。
パッケージをデザインさせていただきました。

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February 1 2023

紫式部と小野篁

紫野は堀川北大路を少し下った島津製作所に隣接する小さな敷地に、紫式部と小野篁のお墓があります。
二人の年の差は170歳。当然親子でもなければ夫婦でもない。なのになぜ同じ敷地に埋葬されているのか?

小野篁という人は歌人でもありながら、国の偉い人(公卿)でもありました。昼間は朝廷で官吏を、夜間は冥府において閻魔大王のもとで裁判の補佐をしていたという説話は有名です。ちなみに東山にある六道珍皇寺には、小野篁があの世とこの世の出入り口に使っていた「冥途通いの井戸」があります。(最後の写真)

一方紫式部は「源氏物語」でふしだらな絵空事で人々の愛欲を書いて、多くの人の心を惑わせたとして、死後地獄へ堕ちたと言われています。つまりそんな紫式部を地獄から救うことができるのは、あの世とこの世を行き来ができ、閻魔大王とも面識がある小野篁だということになったのでしょう。なかなかよくできた面白い説話ですね。

ちなみに小野篁は相当頭がキレたようで、嵯峨天皇から「子子子子子子子子子子子子」を読んでみろと言われ、見事文章にして読んだという説話も有名です。

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February 1 2023

三千家と崇徳上皇

紫式部と小野篁のお墓から表千家、裏千家、武者小路千家の家元が軒を連ねる小川通りを下り、日本三大怨霊の一人、崇徳上皇を祀る白峯神宮へ。百人一首にも収められている崇徳院のこの歌は配流先の讃岐から都に必ず戻ると言う執念を感じさせるが、とても切ない唄に聴こえる。
また白峯神宮は「まりの神様」としても崇敬され、日本サッカー協会をはじめ各種スポーツで使用された公式球が奉納されている。
京都の街を歩いて巡ると色んな歴史に遭遇する。

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2023.1
2022.11-12
2022.10
2022.8-9
2022.6-7
2022.4-5
2022.2-3
2022.1
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